ジャーナリズムと広告

洋の東西を問わずジャーナリストは、知る権利を主張します。そして、国民には知る権利があり、真実を公表するため取材を積み重ね、真実を探求しているのではないでしょうか?

しかし、見る場所や、見る人によって、真実は変化しているのかもしれません。 歴史的事実と思われていること自体が、実は時の権力者の絵空事であったということなどこれも全世界的によくある話なのではないでしょうか?

ジャーナリストたちが真実を追い求めたとしても、その見え方はジャーナリストから見た真実であって、本当の真実というものがあるのかどうかすら疑わしいとそのように思います。

真実を暴くというとちょっとかっこいいわけですが、それは、広告主によってしばしば歪められる場合もあるのではないでしょうか? もしも、真実に価値があるのなら、広告のない真実だけの読み物が爆発的に売れたりするはずですが、現実的には、世界にそのような読み物はまず存在しないように思います。

結局、ジャーナリストがどれだけかっこよいことを言っていたとしても、新聞や雑誌やテレビやラジオなどのメディアは、広告がなければ生き残れません。

そして、当然ながら広告を出す人々に不都合な事実は常に書き換えられているとも言えるのかもしれないのです。 現代社会において、反社会的勢力が大新聞に広告を掲載し世論を作り出すようなことは不可能かもしれませんが、実際には、ジャーナリストは、経済活動に配慮した真実を発表し続けるのではないでしょうか?

果たして、これが真実と言えるのかどうか? 言論は、常に広告とセットで考える必要があるような気がします。

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